wami
外伝1<つぼみが落ちる音>
セドリックは夢を見ます。それは、回帰前に皇帝の命令でミライラ主催のパーティに嫌々出席したときのことでした。
その会場で、母親のお下がりで似合わない派手なドレスを着た少女が目に留まった。アルティゼアだった。会場の隅で無表情に佇む彼女に心を惹かれたが、ミライラの娘なのでなかなか声をかけることができなかった。ふと彼女が顔をあげ、会場を見渡した。セドリックは彼女と目が合うことを期待したが、その視線は彼女の母親に向けられた。しかし母親は彼女を気にすることはなかった。そしてアルティゼアはゆっくり目を伏せた。セドリックは花が咲く前に枯れていくような感覚を覚えた。何かが舞い降りるような音がした。蕾が落ちる音・・・
セドリックは目を覚ました。隣ではアルティゼアが寝ていた。セドリックは微笑みながら彼女の肩を撫でた。「どうしたんですか?」「昔のことを思い出して・・」セドリックはパーティーでの彼女のドレスの話をした。アルティゼアは思い出して顔を真っ赤にした。
セドリックは彼女の頭に手を回した。あの時以来、表向きは敵対したがその顔が頭から離れることはなかった。チャンスは何度もあったのに結局最後まで手を差し伸べることができなかった。
「僕がいつからあなたが好きだったか知っていますか?」セドリックは小さく笑った。話すつもりはなかった。ただ、彼女のヒマワリのような熱烈な視線を感じるたびに胸の中で何かゴツゴツするような音が聞こえた。彼はそれを「後悔の種」だと感じていた。その後に起こったことが全て自分のせいだとは思わないが、もし彼女に手を差し伸べてあげていたら・・・
しかし、今にして思えば、おそらくそれは蕾が落ちたところに新芽が舞い上がる音だったのだろう・・・
外伝2<春風>
登場人物たちのその後についての話です。アルティゼアは二人目の子供を授かります
妊娠を疑ったのは3週間前だった。診断はすぐ下りた「出産は危険です」。セドリックにはまだ話せなかった。
アルティゼアはベッドに横になっていた。そこにリシアが到着した。彼女はアルティゼアから手紙を受けとり、西部から駆けつけてきたのだ。リシアは寝室に入り見回した。アルティゼアは言いようのない気持ちでリシアの言葉を待った。リシアがいた時とは造りも家具も違うが、ここは確かにリシアが病に伏していた寝室だった。「大丈夫ですよ」リシアは陽気に言った。
アルティゼアはリシアと笑いながら雑談をした。こんな時が来るなんて嬉しくもあり不思議な感じだった。「体調はいかがですか?」「出産は難しいでしょうと言われました」今回はレティーシャの時よりも調子が良くなかった。「セドリックさんにはまだ知らせていないんです。反対されるから・・・」「リシアさんにお聞きしたいんです。私は子供を産めるかどうか、、、」「私は医者じゃないわ。」リシアが手を握って言った「ご存知でしょう。私の治癒力は外傷や病気を治せますが衰えたものを元に戻すことはできません。聖力で生気を補充してもその場しのぎに過ぎません。」
アルティゼアが言った「私がレティーシャをどのように産んだか聞きましたか?」「帝王切開ですか?」「出産する力がなければ、ナイフをあててリシアさんが治療してくれれば可能だと思います。」リシアは考え込んだ。それは十分に可能なことだった。今もアルティゼアのお腹の傷は綺麗に消えていた。「可能ですが、あなたの身体が平気だということではありません。」
「私も命を捨ててまで産むつもりはないんです。でももし可能なら産んでみたい・・」アルティゼアはレティーシャを通して子供を愛することを学んだ。自分はミライラとは違って子供を受け入れることができた。「私はやっと人間になったような気がするんです。だから私を助けてください。」リシアはため息をついた。「仕方がないですね。あなたに助けて欲しいと言われたのは初めてだから断るわけにいきませんね。」リシアは握っていた手に緑色の祝福を送り込んだ。「約束してください。医者が危ないと言ったらあきらめるんですよ。」「はい」アルティゼアは微笑んだ。「レティーシャも奇跡だったのに、また奇跡が起きるなんて・・」「2度の奇跡もいいものですね」奇跡はここにもあった。お互いの場所は違っていたが、全てを放棄したあの時のようにこの部屋で顔を合わせているのだから・・・
そこにセドリックがやってきた。リシアは静かに席を外した。セドリックは困惑していた。「子供は一人で大丈夫です。いやいなくても構いません。あの時産むように言ったことを今も後悔しています。それに子供を産めるほどもう健康な身体ではない。」「産みたいんです。リシア様がそばにいてくれるから大丈夫です」「ティア!!」
「ラティーシャを産んで、初めて自分が完全に他人を愛することができると知ったのです。だから今回は最初から大切に育てたい・・」セドリックはもう何も言えなかった。「危なくなったらすぐあきらめると約束してください。」「愛する人が増えることはいいことだと教えてくれたのはセドリックさんでしょう。」
アルティゼアは彼の首筋に顔を埋めた。「ティア」彼は唇を重ねた・・苦しみと喜びが入り混じったため息がアルティゼアの唇に消えた。吹き込んだ息はセドリックの唇に甘く戻ってきた。
外伝3<夏山>
アルティゼアに2人目の子供が生まれます。ユーシス皇子です。アルティゼアたちは家族で北部のエブロン大公領を訪れました。そこで前大公夫妻の墓参りをします。
一番外側にある先代エブロン大公夫妻の墓前まで来た。そこには数年前にセドリックとアルティゼアの2輪の花が黄色く変色したまま残っていた(以前訪れたのは漫画版48話です)。あれ以来セドリックは一度もここに来たことはなかった。アルティゼアは丁寧に膝をついて持ってきた花を下ろした。
小さな石碑には「優しい地で安らかに永眠されますように<セドリック>」とあった。アルティゼアはそれを撫でた。「ここにおられるのはおじいさんとおばあさんなの?」レティーシャが聞いた。「そうだよ」セドリックがかれた声で言った。「こんなに遠いと会えなくて大変だね」「お父さんもまさかこんなに離れることになるとは思わなかったんだ。」「私たちはお父さんとお母さんから離れたくない!」レティーシャは上品に言った。ユーシスもそれに従った。
レティーシャとユーシスが花を受け取って祭壇に置き手を合わせた。セドリックは花かごに残っている花を全て祭壇に並べて十字を切った。アルティゼアはセドリックが十字を切るのを初めて見た。思えば彼は今まで神に祈ったことがなかった。眼のふちが赤く染まっていた。アルティゼアはそれに気づいたが何も言わなかった。代わりにあくびをするレティーシャとユーシスの手を握った。「行きましょうか」
全てが終わったわけではなかったが、それでも区切りがついたものがあった。アルティゼアはセドリックがやっと神に祈りをささげることができたことを知った。
セドリックはユーシスをさっと抱き上げレティーシャの手を引いた。そしてアルティゼアとともに墓地をあとにした。<完>
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「悪女は2度生きる」面白いです!前半の伏線が後半みごとに回収されていきます。登場人物がかなり多いので、把握するのがとても大変ですが・・・